責任の否認と放棄:概要

1、関係法

 もっとも一般的に直面し、その理論が不可欠とされる2つの分野は、契約法と過失法である。

1.1  契約

   契約法は、通常、1個人または1組織(供給者)が、商品またはサービスを他の者(顧客)に供給する場面で適用可能なものであって、必ずしも、金銭上の報酬のためのものではない。裁判管轄区によってさまざまな違いがあるが、契約法の基本的な要素は異なる裁判管轄区でもだいたい似ている。

1.2  過失

イギリスでは、過失法は、個人または組織は他人(被害者)に対する注意義務を負い、その注意義務の違反の結果として被害者が損害や傷害を被れば、被害者の補償をする責任があるという考え方に基づいている。多くの西ヨーロッパの裁判管轄区では、法律は成文化されているが、他の多くの裁判管轄区と同様にだいたい似た原理を採用している。

2、用語の説明

 多くの裁判管轄区で、これらの理論は適用されないが、他のいくつかの裁判管轄区では、重要性はもっと大きいか、もっと小さい。

2.1  責任の否認(Disclaimer

   この言葉は、(サービスの)供給者が責任を受け入れることを拒否できるか、あるいは、すべてもしくは明示された状況で、責任を限定することができる原理を表している。それは、通常、契約上の関係において生じ、顧客による一定の受け入れを必要とする(なぜなら、顧客は、責任の否認を含む条項のある契約に同意するからである)。

2.2  権利の放棄(Waiver

   権利の放棄は、普通は、(証拠にするために)顧客がサインした記述文書であり、それによって、顧客は、商品やサービスを供給する契約から生じる供給者に対するいかなる請求をも取りやめ、放棄することに同意する。それは、契約法だけでなく過失にも当てはまり、私有地に進入する許可と引き替えに用いることができる(訳注;私有地への進入が適法かどうかは、契約法が関係する場合もあれば、そうではない場合もある)。アメリカでは、普通は、権利の放棄(Waiver)の代わりに免除(Release)という言葉が使われる。

3、 適法性

 3,1責任の否認は、もし、それがあらゆるものに対する全責任を除外するとすれば、もっとも純粋な意味では、我々が知っている裁判管轄区だけに適用が制限される。それは、過失行為がもたらす人身傷害や死亡に対する責任を除外するために用いることはできない。それは、普通は、製品やサービスの誤用や乱用がもたらす損失や損害に対する責任を除外するためにある。例えば、クライミング用具の間違った使用もしくは金融上のアドバイス(に対する責任を除外するためにある)。多くの製品が、パッケージ化して販売され、あるいは、説明書や指示書を付けて販売されるのは、この理由による。結果的に生じる損失(契約違反のために)に対する責任を除外することや、償うべき賠償額の額を制限することは、多くの契約で一般的なやり方である。

3.2   権利の放棄(Waiver

   権利の放棄の考え方が法的強制力を持つ裁判管轄区では、(商品やサービスの)供給者が、顧客に権利放棄書にサインすることを求めることは標準的なやり方であり、この理論が適用できない国でも、このようなやり方のあることが稀ではない。イギリスでは、いかなる権利放棄も効力がなく、ヨーロッパの他の場所(そこでは、重過失は除外することができず、未成年者は特別の保護を受ける)では限定された効力を持つ。EU指令(訳注;EUが決定し、加盟国はそれを達成する義務を負うが、達成の方法や形式については各国に任せられる)は、専門家が人身傷害や死亡に対する責任について権利の放棄に依拠することができないことを規定している。対照的に、カナダやアメリカの大部分の州では、未成年者の人身傷害または死亡の場面、あるいは重過失が関係する場面を除けば、権利の放棄は有効である。

4、インフォームド・コンセントの理論

   この法律上の理論は、ヨーロッパの大部分の裁判管轄区、アメリカの大部分の州、カナダで適用できる。それは、供給者に過失があるとか、重要な契約違反のある場面での責任を除外したり、制限するために適用されないという点で、責任の否認や権利の放棄と区別される。しかし、それは、供給者、特に、土地または建物の所有者・占有者にとって、顧客・被害者(彼・彼女)が、自らがリスクのある行動に参加していることを認識し、これらのリスクを自発的に受け入れているという事実を証明するために役に立つ。参加者がリスクを認識し、理解していたことを要求することは、リスクを自発的に受け入れるという基本原理(volenti non fit injuria、訳注;「同意あれば危害なし」、ローマ法の格言)の純化したものである。それは、クライミングウォールの利用者(彼・彼女)が経験者かどうかを示すことを要求された時、あるいは、利用者(彼・彼女)が教育を必要とする場合に、一般に、クライミングウォールの経営者によって用いられる。

5、刑法

  責任の否認と権利の放棄の理論は、刑法には一切適用されない。犯罪行為に対する責任を除外することはできない。

                         2012年7月 再記

                                                    マーティン・ラッグ